ファンキー山岡|ヒラスズキ万感 4月編

2015/04/06
総合 テクニック
ファンキーさんから送られてきた一枚のサラシの写真。皆さんならどう攻める?

文=ファンキー山岡

今回はヒラスズキの最重要論点「サラシ」について考えてみよう

今回はズバリ「サラシ」について書くことにする。サラシとは他でもなくヒラスズキ釣りに不可欠な要素のひとつであるが、ひと言でサラシと言ってもこれが実に様々なタイプがある。色や濃さ、泡の質など様々な要素が入り組んでいて、当然、サラシに関して基準分けされた資料的なものは無い。

 

サラシの分類

ただ、俺の場合は、経験と記憶を頼りにサラシについてある一定の分類をしている。押しつけがましくて申し訳ないが、ここではまずその「俺基準」を紹介しながら説明したいと思う。下から(ウネリの小さいものから)鏡とかのベタ凪の表現はいいとして、「ちょろサラシ」「サラシ」「どサラシ」「シケ」と分けている。その境目はどこ?となるだろう・・・。ただ、これは皆さんが「自分基準」で仕分けして種類を区切り「今回の釣行は○○」と記憶していけば良いことだと思っている。たとえば俺は一面のサラシを「どサラシ」としているのだが、実は俺はこの「どサラシ」には燃えなかったりする。そのサラシの中にも所々に色彩の強弱があってコースマネージメントでゲームできるのならそれを楽しむが、どこに投げても一緒でどこに投げても釣れるような感じのホール状の部分が幾つもあったら実に面白くないのである。誰が適当に投げて巻いても釣れるような状況を俺は面白くないと思ってしまうのだ。

 

俺の好きなサラシのタイプ

俺は「自分の魚」に出合いたいタイプだ。俺の好きなサラシは所々に「熟成されたサラシ」(常に同じ場所に広がっているサラシ)がありながら、その先端は「できては消えるサラシ」となっているようなサラシ。ただ、この「できては消えるサラシ」にも幾つか種類があって、これが結構重要なのだ。ひとつは波やウネリのパワーがなくなって消えるソレ、もうひとつカレントや潮の流れにより「消される」感じのソレである。こうなると俺の文章の限界である(笑)。この文章を読んで「なるほど!」と思いながら頭の中に海を広げることの出来る男はおそらく「ヒラ師」である。この「できては消えるサラシ」はかなりのキーポイントなのだ。それが波のパワーがなくなったことで消えているのか、あるいは流されて消えているのか。釣り場でよ〜く観察してみてもらいたい。ちなみに、正解は後者だ。

 

同じサラシは二度とないが、再現性を楽しむのがヒラスズキゲームだ

もうひとつの「熟成されたサラシ」も、もちろん大切だ。サラシのゲームは幾つもの要素が絡み合い作り出される「一期一会」のゲームなのである。いや、ゲーム以上か!「再現性」を忘れてはいけないので、ものすごく矛盾しているのだが、「同じ波は二度と来ない。同じサラシは二度とできない」。でも、そこに再現性はたしかにある。一瞬で次の波のパワーを読み尚且つ次の波のパワー伝導のコースとタイミングに合わせてキャスト!予想通りにサラシが広がったか? 良い位置関係に着水したか? 勿論! 予想通りのピンで食わせたか? などなど。だから「一面のどサラシ」は俺は面白くないんだよ(笑)。

 

極上に見えるが、1000回撃ってもダメなサラシ

そしてサラシには俺たちに試練を与える一面もある。それは特に遠征などに出たときや初めての磯に立った時にやってくる。初めての海を探り回り「おわぁ! 最高だ!」と思うポイントをやっとの思いで見つけキャストを繰り返す。しかし、何度打ち直したり時間をかけて丁寧に丁寧に攻め撃ち抜いたりしても、ヒラスズキからのコンタクトはない。そしてトボトボと山を進み帰るとその途中ローカルアングラーに会い、そして「アソコ最高の景色でしたがどうですの?」と聞いてみる。すると「僕も1000回行きましたが全くです」と(笑)。1000回行ったかはさて置き、アングラーを魅了し、たまらなく最高のサラシの最高の景色なのだがまったくダメな場所もあるのだ。ただ、俺はこれを人間がヒラスズキを釣り過ぎないために海の神さんが作ったトラップだと思っている。これは経験をした者のみが知る試練である。そんなサラシを俺は「ダマシ」と呼んでいる。ではまた来月。

 

ファンキー山岡
ヒラスズキ釣りのスペシャリスト。サラシ、波、流れ、ストラクチャーなど、複合的な要素をインプットし、そこから理想的なルアーのトレースのコースを導きだす「コースマネージメント論」が多くのアングラーに支持される。

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